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担当エンジニアが解説!ASMRとは 【前編】

finalのエンジニアが、音響やオーディオ技術に関する専門用語、音響やオーディオの研究開発において必須な物理、数学等の学問で用いられる用語、音響やオーディオ技術のトレンドとして注目している技術に関する用語などを分かりやすく説明いたします。

今回のテーマは、動画コンテンツのいちジャンルに留まらず、研究対象としても注目されている「ASMR(自律感覚絶頂反応)」についてご紹介します。

キーワード:ASMR、Autonomous Sensory Meridian Response、バイノーラル

筆者紹介
音全般について広く学んだ後、finalに入社。音響研究開発に携わる。専門はディジタルオーディオ信号処理、音響心理。


1.はじめに

ゾワゾワした感覚や心地よさを感じる現象として最近話題のASMRですが、ASMRという言葉は動画などのコンテンツを意味して語られる場合と、動画の視聴などに伴い人に生じる現象を意味して語られる場合とがあります。今回は、特に現象に注目し、既往研究で報告されていることなどを簡単にまとめご紹介します。

2.ASMRとは

ASMRとは、Autonomous Sensory Meridian Response の頭文字をとった略語であり、日本語では自律感覚絶頂反応と訳されます。ASMRは特定の種類の視聴覚刺激に反応し、「ゾワゾワ」や「ゾクゾク」といった言葉で表されるような感覚をもたらす現象です。
この感覚は英語で「Tingling sensation」などと表されます。ASMRは心地よさやリラックス感を伴うことが特徴とされており、ポジティブな感覚をもたらすと考えられています。

図1はASMRで生じるゾクゾク感の生じる位置と広がり方を示しています[1]。ASMRで生じるゾクゾク感は、頭皮の裏側から始まり、背骨に沿って下降していきます。その後、肩にかけて広がっていきますが、どこまで広がるかには個人差があるようです[1, 2]。また、ゾクゾク感を必ずしも感じるわけではなく、生じる感覚にも個人差があります。

図1 ASMRによるゾクゾク感の生じる身体部位
(文献[1] Figure 1より日本語訳を付記して引用、訳は筆者作成)

ASMRコンテンツ視聴者のみによる回答というバイアスがかからないような方法で行われたアンケート調査結果によると、ASMR 感受性を有するのは男女ともに 6 割程度であり、男女の性差は認められないことがわかったと報告されています[3]。また、ASMRコンテンツの視聴習慣としては、就寝前が好まれることも報告されています[3]。ここから、ASMRコンテンツ視聴者は、睡眠への導入としてASMRによるリラクゼーション効果を利用していると考えられています[3]。

実際に、ASMR体験中に副交感神経が活性化し脈拍が低下することを示す研究結果もあります[4]。さらに、ASMR体験後にネガティブな気分状態が減少することも示唆されており、ASMRには一定のリラクゼーション効果があると考えられています[5]。

ASMRに近いゾクゾク感をもたらす反応として、音楽聴取時の「鳥肌感」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。鳥肌感とは、音楽によって喚起される強烈な情動反応のうち、英語で「chill」、「thrill」、もしくは「frisson」などと呼ばれる現象で、鳥肌が立つ主観的な感覚のことを指します[6]。ASMRも鳥肌感も、英語で「frisson」と表されるような感覚をもたらす点で類似していますが、実際は、鳥肌感とASMRは別物だと考えられています。

その理由として、ASMRと鳥肌感ではゾクゾク感が生じる身体の部位が異なる点が挙げられています[7]。鳥肌感の場合、ゾクゾク感が生じる部位は「前腕部」であるのに対し、ASMRの場合、前腕部ではゾクゾク感がほとんど生じません。そのため、ASMRと音楽聴取時に生じる鳥肌感は異なるものであると考えられています[7]。

もう一つの理由として、ASMRと音楽聴取時に生じる鳥肌感では、快・不快の感じ方が異なる点も挙げられています[7]。音楽聴取時に生じる鳥肌感は、寒さや恐怖などによる一般的な鳥肌とは異なり、感動的な体験、つまり快を感じさせるような体験で生じます。
一方、ASMRは必ずしも快を感じさせる体験とは限りません。同じASMRコンテンツを試聴しても、快を感じる人と不快を感じる人の両方が存在します。

ASMRに類似した現象として、鳥肌感の他に、「音嫌悪症(Misophonia)」や「共感覚(Synaesthesia)」などがあげられる場合もあります。
音嫌悪症は、他の人が発する音に対して嫌悪や怒りの情動が惹起され、回避的あるいは攻撃的な行動を表出する症状のことです[3]。
共感覚は、一つの感覚刺激に対し複数の感覚が反応することで、例えばある音を聞いて特定の色を感じるような現象です。
いずれの場合も、ASMRと類似する部分はあっても現象としては異なるものと考えられています[8]。

3.ASMRの歴史

ASMRは研究室での実験などから見つかった現象ではなく、市民科学から議論が始まりました。2007年、健康関連のインターネット掲示板に、「Weird sensation feels good」と題するスレッドが立ち上がりました。スレッドの題名を直訳すると、「奇妙な感覚が気持ちいい」です。
このスレッドには同様の現象を経験したことのある人が集まり、議論が発展していきました。この掲示板での議論を元に、次第にコミュニティは広がっていき、同様の現象も広まっていきました。

議論されていた現象は、当初、「unnamed feeling」、「Brain Orgasm」、「AIHO (Attention Induced Head Orgasm)」、「AIE (Attention Induced Euphoria)」、「AIOE (Attention Induced Observant Euphoria)」 など、さまざまな名称で呼ばれていました。ASMR と呼ばれるようになったのは2010年になってからのことです。それまでこの現象は、「orgasm」のような議論するのに少し躊躇するような言葉を用いて表されることがありました。
ASMRの名付け親とされるJennifer Allenは、より多くの人が議論に参加しやすい言葉を選んだと述べています[9]。実際に、ASMRと名付けられた現象は急速な広がりを見せました。

筆者が検索ワード「ASMR」についてGoogleの検索トレンドを調査した結果を図2に示します。世界的には2012年ごろから、日本では2015年ごろから徐々に検索され始め、右肩上がりの水準のままここ数年で一気に検索されている傾向が見て取れます。現在も高いトレンドを維持しており、特に日本ではまだまだ検索数が増加中だと言えます。

図2 検索ワード「ASMR」の検索数の推移
(Googleトレンド[10]の2024年7月22日時点でのデータより作成、最大値を100として正規化)

世界での流行の始まりに比べ、日本でのASMRの広がりには少し遅れが見られます。この原因として、日本ではASMRと似た概念である「音フェチ」が一部に浸透していたからではないかと考えられています[7]。始めは類似した意味を持つASMRと音フェチが共存していましたが、ASMRの世界的な流行に伴い、2018年ごろをピークに徐々に音フェチの勢いは失速し、音フェチはASMRに取り込まれたと考えられています[7]。

ただし、音フェチの概念が失われたわけではなく、キーワードとしてASMRと音フェチが併用される場合もあり、音フェチがASMRと混在して話されたり、記述されるようになったとも言えます。

ASMRが広がり始めた2012年は、SNSでASMRについて議論していたコミュニティが、「国際ASMRの日」を提案した年です。ASMRの詳しい歴史がまとめられている「ASMR UNIVERSITY」というWEBサイトでは、2012年3月10日に投稿された、以下の動画が紹介されています[9]。

現在、「国際ASMRの日」は毎年4月9日で、ASMRによって得られる独特の感覚や、それによってもたらされるメリットを認識する日とされています。
日本でも「国際ASMRの日」が少しずつ広まり始め、4月9日にはYouTubeなどで特別なASMRコンテンツの配信が行われたり、SNSなどでハッシュタグによる投稿が盛り上がったりしています。

2015 年には、Emma L. BarrattとNick J. Davisにより、ASMRに関する最初の査読付き論文が投稿されました。この論文以降、ASMRに関する研究は年々増加しています。
表1に年別の文献数を示しました。これは、学術文献検索サービス Google Scholarで、検索ワード「ASMR」に対して検索期間を2010年から2024年まで1年ずつ変化させた結果です。同じASMRで表される他の略語もあるため、2015年以前にも一定数文献はありますが、2015年以降ASMRに関する研究が増加していることがわかります。

表1 ASMRについての文献数の推移(2024年7月22日時点)

ASMRについての研究では、アンケート調査や生理学的な反応を測定する実験など、ASMRの発生を確認するためのさまざまな手法が試されています。また、ASMRを引き起こしやすい刺激の特徴を探る研究なども行われています[2, 11-13]。

後編に続きます。

【参考文献】
[1] E. L. Barratt and N. J. Davis, “Autonomous Sensory Meridian Response (ASMR): A flow-like mental state,” PeerJ, 3, e851 (2015).
https://doi.org/10.7717/peerj.851
[2] T. Koumura, M. Nakatani, HI. Liao, and H. M. Kondo, “Dark, loud, and compact sounds induce frisson,” Quarterly Journal of Experimental Psychology, 74(6), 1140-1152 (2021). https://doi.org/10.1177/1747021820977174
[3] 多田奏恵, 長谷川龍樹, 近藤洋史, “日常の音に対する感受性── ASMR, 音嫌悪症, および自閉症傾向──,” 心理学研究, 93(3), 263-269 (2022). https://doi.org/10.4992/jjpsy.93.21319
[4] G. L. Poerio, E. Blakey, T. J. Hostler, and T. Veltri, “More than a feeling: Autonomous sensory meridian response (ASMR) is characterized by reliable changes in affect and physiology,” PLOS ONE, 13(6), e0196645 (2018). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0196645
[5] 寳﨑大悟, 江崎貴裕, 近藤洋史, “自律感覚絶頂反応(ASMR)による副交感神経系の活性化,” 日本心理学会大会発表論文集, 87巻, 日本心理学会第87回大会, セッションID 1D-045-PH, p. 1D-045-PH (2023). https://doi.org/10.4992/pacjpa.87.0_1D-045-PH
[6] 森数馬, 岩永誠, “音楽による強烈な情動として生じる鳥肌感の研究動向と展望,” 心理学研究, 85 巻, 5 号, p. 495-509 (2014). https://doi.org/10.4992/jjpsy.85.13401
[7] 仲谷正史, 山田真司, 近藤洋史, 脳がゾクゾクする不思議 ASMR を科学する (岩波書店, 東京, 2023).
[8] A. Mahady, M. Takac, and A. De Foe, “What is autonomous sensory meridian response (ASMR)? A narrative review and comparative analysis of related phenomena,” Consciousness and cognition, 109, 103477 (2023). https://doi.org/10.1016/j.concog.2023.103477
[9] ASMR University, “History of ASMR,” https://asmruniversity.com/history-of-asmr/ (参照 2024-07-16).
[10] Google, “Google Trends,” https://trends.google.co.jp/trends?geo=JP&hl=ja (参照 2024-07-05).
[11] T. Koumura, M. Nakatani, HI. Liao, and H. M. Kondo, “Deep, soft, and dark sounds induce autonomous sensory meridian response,” bioRxiv (2019). https://doi.org/10.1101/2019.12.28.889907
[12] S. Honda, Y. Ishikawa, R. Konno, E. Imai, N. Nomiyama, K. Sakurada, T. Koumura, H. M. Kondo, S. Furukawa, S. Fujii, and M. Nakatani, “Proximal binaural sound can induce subjective frisson,” Frontiers in Psychology, 11, 316 (2020). https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.00316
[13] 福本誠, 南震, “対話型進化計算によるユーザの感性に合うASMR音生成,” 感性工学, 21巻, 5号, p. 209-214 (2023). https://doi.org/10.5057/kansei.21.5_209

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