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担当エンジニアが解説!ASMRとは 【後編】

finalのエンジニアが、音響やオーディオ技術に関する専門用語、音響やオーディオの研究開発において必須な物理、数学等の学問で用いられる用語、音響やオーディオ技術のトレンドとして注目している技術に関する用語などを分かりやすく説明いたします。

前回に引き続き、「ASMR(自律感覚絶頂反応)」についてご紹介します。

キーワード:ASMR、Autonomous Sensory Meridian Response、バイノーラル

筆者紹介
音全般について広く学んだ後、finalに入社。音響研究開発に携わる。専門はディジタルオーディオ信号処理、音響心理。


4.ASMR刺激について

図3 ASMRイメージ (Rodica/stock,adobe.com)

ASMRコンテンツは主に視聴覚刺激として、動画の形でYouTubeやTikTokなどの動画共有プラットフォームに投稿されています。他に、ポッドキャストに音声のみの聴覚刺激として投稿されるものもあります。ASMRについてのアンケート調査結果からは、一度に視聴するASMR動画は数種類で、個人ごとに好みの動画内容が固定されている可能性が示唆されています[3]。

筆者が普段視聴する動画には、中華料理の仕込み風景を撮影したものがあります。包丁とまな板に意図的に近い距離で録音された音は、大量の仕込みを行う中でリズミカルに繰り返されます。食材がほぼ均一な形状で切られる視覚的な気持ちよさと、一定の間隔で提示される音による聴覚的な気持ちよさが相まって、心地よさを感じます。

投稿される動画の中には、「ASMR」とタグ付けされた意図的なものもあれば、単に仕込みの風景を撮影しただけのものもあります。筆者自身も、感じる心地よさがASMRに相当するのか、そうではないのかはよくわかっていません。

ASMRを引き起こす刺激は、動画だけではありません。日常生活の中で感じる刺激がトリガーになる場合もあり、何がAMSRを引き起こすトリガーとなるかは個人ごとに異なると言われています。一般に、ASMRを引き起こす刺激(トリガー)は以下の4つに分けられます[7]。

1.聴く刺激 2.触る刺激 3.見る刺激 4.個人的趣向

刺激は4つの内のどれか一つで構成されるのではなく、多くは複数の組み合わせによって構成されます。動画がASMRコンテンツとして主流となっているのは、「聴く刺激」と「見る刺激」を合わせて提示することができ、ASMRを感じやすいコンテンツになっているためと考えられます。
刺激の特徴とゾクゾク感の関係について、聴覚刺激のみを用いた実験の結果、以下の場合にゾクゾク感が高まることが報告されています[2,11,12]。

・音が大きくなるとき
・音色が暗くてコンパクトなとき
・音が耳に近いとき
・音源が止まっているときに比べ動いているとき

音色がコンパクトとは、刺激の平均帯域幅とゾクゾク感の間に負の相関が示されたことから、周波数帯域が狭いことを指します[2]。

また、モノ音源の両耳聴取に対しバイノーラル音源で有意にゾクゾク感が高くなること、両耳間レベル差(Interaural Level Difference: ILD)とゾクゾク感の間に正の相関があることも報告されています[12]。これは、音源と耳の距離が近いほどゾクゾク感が高まることを示唆しています。

以上より筆者は、ASMRコンテンツがバイノーラル録音されている場合、録音時の空間位置を適切に再現することができれば、よりゾクゾク感が得られると考えます。 ASMRを引き起こしやすい具体的な刺激としては、「ささやき」「ロールプレイ(顔に触れられるなど)」「カサカサ音(金属ホイル、爪でたたく音など)」「ゆっくりした動作」などが報告されています[1, 14]。
また、ASMRは、聴覚刺激のみの場合よりも、視聴覚刺激の場合の方がより強くなることが報告されています[15]。

ASMRでは、ポジティブ・ネガティブな反応の両方が生じる可能性がありますが、基本的にはポジティブな体験として認知されています。これは、ASMR刺激による経験を繰り返し、ポジティブな体験だったという正のフィードバックを蓄積した結果だと考えられています[7]。したがって、個人的趣向は、ASMR体験をポジティブもしくはネガティブのどちらに感じるかに影響を与えると考えられます。

5.ASMRのメカニズムに関する仮説

ASMRが発生するメカニズムについては、今のところはっきりとわかっていません。生理的な反応によりASMRの発生を確認する手法も試みられていますが、ASMRの感じ方には個人差の影響が大きく、再現性を保って検証するのが難しいのです。
また、ASMR感受性の発達過程についてもほとんど調べられていません。幼児を対象とした実験では、幼児はASMR動画から快情動を感じていないことが示されており、幼児期の時点ではASMR感受性が獲得されていない、あるいは未発達であると考えられています[16]。
ASMRがどのようなメカニズムで発生するのか、人々がどのように感受性を獲得しているのか、ASMRについてはまだ解明されていないことが数多くあると言えます。

ASMRのメカニズムに関して、山田は著書の中で、感情を軸にしたASMRメカニズムについての仮説を展開しています[7]。山田は、ASMRコンテンツが注目されるようになった要因として、比較的短時間で大きな感情を経験できること、2020年の新型コロナウイルス(COVID-19)流行下に失われた肌触りや温感などの触覚が、ASMRコンテンツにより呼び起こされることを挙げています。

ASMRに類似した現象と考えられている鳥肌感は、感動体験をもたらすような強烈な情動反応です。山田は、情動を包含する概念として感情を代わりに用いて、鳥肌感が「感動」のような強烈な情動を呼び起こすのと同様に、ASMRも強い感情を呼び起こすものなのではないかと述べています[7]。

ラッセルの感情円環理論において、感情を表す言葉がほぼ円環状に並べられること、また、我々の基本的な感情が横軸「快-不快」と縦軸「覚醒-鎮静」の2軸で表せることが示されています[7]。これを踏まえ、山田は、ASMRによって呼び起こされる感情とは、図4に示す感情円環、もしくはその外側に位置するような非常に強いものだとする仮説を立てています[7]。

図4 感情円環モデルと基本感情(文献[7] 図3-3を元に作成)

非常に大きな感情は、記憶と結びついて喚起されます。記憶はそれを経験した人のものであるため、その記憶が快の感情と結びつくか、不快な感情と結びつくかは個人ごとに異なります。これがASMRの個人性を生み出す原因ともなると山田は考えています[7]。

山田は次に、聴覚と触覚の類似性について触れています。聴覚と触覚は器官の形成過程が似ていて、大脳の処理系ではともに側頭葉で処理されます。ASMRによる聴覚と触覚の結びつきは、非常に大きな感情により漏れ出した情報が、側頭葉で処理されるときに結びつくことによると述べています[7]。

最終的なASMRメカニズムの仮説としては、ASMRコンテンツによる入力としての聴覚情報が、自身の記憶と結びつくことで大きな感情を呼び起こし、聴覚と近い感覚器官である触覚に、あたかも本当に刺激があったかのような感覚を喚起する、というものです[7]。

6.ASMRの発生を確認する手法

ASMRの発生を確認する方法として主に用いられているのは、被験者にASMRの発生を回答してもらう方法です。一方、生理学的にASMRの発生を直接確認する手法は確立されていません。ASMRの発生・程度を客観的に観察する方法については様々な方法が試みられています[4, 15,17-20]。

現在は、ASMRの発生に対する被験者の自己申告と、生理学的な観察可能な要素を関連付ける方法がとられています。具体的な研究事例としては、瞳孔測定(拡縮)・脳波測定(アルファ波)・脈拍測定(低下)などがあります。

瞳孔測定(拡縮)

Eye trackerを用いて、ASMRコンテンツ視聴時の瞳孔径を測定し、瞳孔径の変化を観察します。ASMRが生じているときにボタンを押すことで、ASMRの発生と瞳孔径との関係を確認しており、視覚刺激を用いた実験では、ASMR刺激の瞳孔径に有意な増大がみられたと報告されています[18]。
また、聴覚刺激のみを用いた別の実験では、ASMR体験時に、瞳孔径の拡大との正の相関がみられたと報告されています[19]。

脳波測定(アルファ波)

Electroencephalography(EEG、脳波測定)では、頭皮に設置したセンサーを使用して、神経細胞群のイオン活動の変化を測定します。EEG波のうち、デルタ波(<4 Hz)は深い睡眠と関連し、アルファ波(8–12 Hz)はリラックス状態と関連し、ベータ波(16–31 Hz)はより活発な状態で発生し、ガンマ波(>32 Hz)は体性感覚および感覚運動応答を反映します[20]。つまり、ASMR体験時の異なるEEG波の発生率を調べることで、その瞬間に発生しているプロセスの種類がわかります。
ASMR に敏感な人が、 ASMRに関連する聴覚刺激と ASMRに関連しない聴覚刺激を聞いた場合を比較した結果から、ASMRは前頭および頭頂部位のアルファ活動の増加と関連していることが報告されています[20]。
また、ASMR体験時の脳活動を ASMR体験前の脳活動と比較したところ、前頭部活動の増加が検出されたと報告されています[20]。

脈拍測定(低下)

Photoplethysmography(PPG、光電脈波測定)を用いて、脈波を測定し、脈波の変化を観察します。ASMRが生じているときにボタンを押すことで、ASMRの発生と脈波との関係を確認した結果、ASMR体験中は脈波の振幅が増加し、脈拍数が減少したと報告されました[15]。
この結果から、ASMRが副交感神経を活性化させると考えられています[15]。別の実験では、ASMR動画視聴中のASMR経験被験者群は、ASMR非経験被験者群に比べ心拍数が有意に低下し、皮膚コンダクタンスレベルが有意に上昇したと報告されています[4]。

これらの研究の中には、ASMRを経験したことがある被験者群と、ASMRを経験したことがない被験者群とを分ける場合があります。これは、ASMRの感受性には大きな個人差があるためです。
自分の ASMR感受性を測る尺度として、ASMR-15尺度が提案されています[21]。表2に、ASMR-15尺度の質問項目を示します。
ASMR-15は、4つの異なる特性:意識変化(AC=Altered Consciousness) 、感覚(S=Sensation)、安静(R=Relaxation)、情動(A=Affect)を評価する15項目からなる質問票です。

「意識変化」は、知覚や意識の変化についての項目です。
「感覚 」は、身体の感覚と部位についての項目です。
「安静」は、落ち着きやリラックスに伴う覚醒状態についての項目です。
「情動」は、感情的な経験の側面についての項目です。

回答者は、それぞれの項目について、1(まったく同意しない)から5(まったく同意する)までの5段階のリッカート尺度で回答します。得点が高いほどASMRを経験する傾向が高いこと、つまりASMR感受性が高いことを示します。

表2. ASMR-15尺度(文献[21] Table 10を元に作成)

*変性意識状態(Altered States of Consciousness, ASC)は心理学の用語で、以下のように定義されています[22]。

「変性意識状態とは,人為的,自発的とを問わず,心理的,生理的,薬物的あるいはその他の手段,方法によって生起した状態であって,通常の覚醒状態に比較して,心理的機能や主観的経験における著しい差異を特徴とし,それを体験者自身が主観的に認知可能な意識状態である。
一見すると,異常性,病理性,現実逃避性,退行性の要素も見られるが,究極的には根源的意識の方向性をもった状態である。」

つまり、意識はあるが通常とは異なる状態にあることを指しています。

7.おわりに

ASMRコンテンツは、ダミーヘッドマイクロホンを用いて録音されたバイノーラルサウンドである場合が多いようです。バイノーラルサウンドはスピーカーでの再生ではなく、イヤホンやヘッドホンで再生されることを前提としています。しかし、イヤホンやヘッドホンであればどのようなものでも良いというわけではありません。

今回ご紹介した既往研究において、音源の距離感とゾクゾク感の間には有意な関係があることが分かっています。つまり、ASMRコンテンツをより楽しんだり、ASMRをより強く感じたりするためには、コンテンツに含まれる、製作者の意図した音の位置を正しく再現できるようなイヤホンやヘッドホンを使うのが望ましいと考えられます。

従来イヤホンやヘッドホンの設計において用いられてきたターゲットカーブは、2chステレオ再生に適したものであり、バイノーラルサウンド再生時には音像定位や距離感などをコンテンツ制作者の意図したとおりに再現できないという問題がありました。

こうした問題に対し、finalでは研究の結果、イマ―シブ・バイノーラルサウンドにおいて、従来のターゲットカーブに比べ、コンテンツに含まれる空間印象の再現性能が有意に高いターゲットカーブを発見しました[23]。

finalでは、このような独自の研究成果に基づき、音像定位に特化したイヤホンを展開しています。ASMR専用有線イヤホンとして定番のfinalのイヤホン「E500」は、この研究成果を応用した最初の製品です。

図5 final E500

また、agから展開しているワイヤレスイヤホン「COTSUBU for AMSR MK2/3D」は、「E500」の音質を更に進化させた、世界初のASMR専用完全ワイヤレスイヤホン「COTSUBU for ASMR」の後継機となっています。

図6 (左) ag COTSUBU for ASMR MK2、(右)ag COTSUBU for ASMR 3D

さらに、「VR500 for Gaming」は、文献[23]で得られたターゲットカーブに最も準拠した音響設計を行った製品です。

図7 final VR500 for Gaming

これらのような、バイノーラルコンテンツを聴取する際に、コンテンツ制作者の意図した音の定位をより正しく再現できるイヤホンを用いることで、ASMRコンテンツをさらに楽しむことができると考えられます。

謝辞

本稿執筆にあたり多くの助言をいただいた、九州大学大学院 芸術工学府 芸術工学専攻 音響設計コース 修士課程の秋山俊宏氏に深く感謝いたします。

【参考文献】
[1] E. L. Barratt and N. J. Davis, “Autonomous Sensory Meridian Response (ASMR): A flow-like mental state,” PeerJ, 3, e851 (2015). https://doi.org/10.7717/peerj.851
[2] T. Koumura, M. Nakatani, HI. Liao, and H. M. Kondo, “Dark, loud, and compact sounds induce frisson,” Quarterly Journal of Experimental Psychology, 74(6), 1140-1152 (2021). https://doi.org/10.1177/1747021820977174
[3] 多田奏恵, 長谷川龍樹, 近藤洋史, “日常の音に対する感受性── ASMR, 音嫌悪症, および自閉症傾向──,” 心理学研究, 93(3), 263-269 (2022). https://doi.org/10.4992/jjpsy.93.21319
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[12] S. Honda, Y. Ishikawa, R. Konno, E. Imai, N. Nomiyama, K. Sakurada, T. Koumura, H. M. Kondo, S. Furukawa, S. Fujii, and M. Nakatani, “Proximal binaural sound can induce subjective frisson,” Frontiers in Psychology, 11, 316 (2020). https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.00316
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[16] 徳田真也, 芳賀裕子, 上田真名美, 森田磨里絵, 板倉昭二, 近藤洋史, “幼児は自律感覚絶頂反応を体験できるのか,” 日本心理学会大会発表論文集, 87 巻, 日本心理学会第87回大会, セッションID 2A-048-PH, p. 2A-048-PH (2023). https://doi.org/10.4992/pacjpa.87.0_2A-048-PH
[17] 今田百香, 西明亜由, 本田優貴, 土屋瞳, 和食麻衣, 河本政人, 吉村耕一,” ASMRを客観的に評価する試み,” 科学・技術研究, 13巻, 1号, p. 47-53 (2024). https://doi.org/10.11425/sst.13.47
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[19] A. Takeuchi and G. B. Remijn, “The relation between pupil dilation and positive affective feelings induced by ASMR-sounds, music, and other sounds,” Presented at the International Conference on Music Perception and Cognition 2023 (ICMPC17/APSCOM7), Aug 24, 2023.
[20] B. K. Fredborg, K. Champagne-Jorgensen, A. S. Desroches, and S. D. Smith, “An electroencephalographic examination of the autonomous sensory meridian response (ASMR),” Consciousness and Cognition, 87, 103053 (2021). https://doi.org/10.1016/j.concog.2020.103053
[21] N. Roberts, A. Beath, and S. Boag, “Autonomous sensory meridian response: Scale development and personality correlates,” Psychology of Consciousness: Theory, Research, and Practice, 6(1), 22-39 (2019). https://doi.org/10.1037/cns0000168
[22] 斎藤稔正, “変性意識状態と禅的体験の心理過程,” 立命館人間科学研究, 5, 45-53 (2003). https://www.ritsumeihuman.com/publication/publication901/publication926/
[23] K. Hamasaki, N. Tojo, and M. Hosoo, “Physical acoustic characteristics of earphones and headphones required for the faithful reproduction of original spatial impression of immersive binaural sound,” Proceedings of the 24th International Congress on Acoustics, A05, pp. 357-364 (2022).


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