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【開発秘話】こだわり尽くしの新イヤホンシリーズ「S series」 今だから実現できたBAドライバーの新たな可能性

本日2024年10月30日(水)より発売開始となったバランスドアーマチュア型ドライバー(以下BAドライバー)の新たな可能性を引き出すイヤホンシリーズ「S series」の「S5000」「S4000
finalブランドでBAドライバー搭載モデルを発売するのは、「B series」「F series」以来、5年ぶりです。
なぜ、今回新しいイヤホンシリーズの立ち上げに至ったのか。そして、なぜBAドライバーにフォーカスをしたのか。
社長の細尾と、設計開発を担当したエンジニアの堀内にインタビューを行ない、S seriesにかけた思いを聞きました。

キーワード:BAドライバー、トーンチャンバー、設計開発、蒸着、音響空間

細尾 満
株式会社final社長。

堀内 晶
大学卒業後、新卒でfinalに入社。現在2年目のエンジニア。S seriesの設計開発を担当。フラッグシップヘッドホン「D7000」やREBブランド「GRID01」の設計開発にも携わる。専門は機械工学。

(左)社長・細尾  (右)エンジニア・堀内


なぜ今「BAドライバー」なのか

Q.「S series」はBAドライバーの新たな可能性を引き出すというコンセプトになっていますよね。その理由を改めて教えてください

細尾:これまでの音響技術や設計ノウハウの蓄積に加え、BAドライバーに関する新しい知見がさらに増えたということもあって、「よし、今ならBAドライバーを使ってまた面白いことができる。もっといいものが作れるぞ」と考えて挑戦したのが、S seriesの誕生のきっかけです。

元親会社ではオリジナルのBAドライバーの開発、生産を行っていました。そのためBAドライバーの音質が設計や部品の選択によってどのように決まるか、またBAドライバーの使いこなしについての知見を得ることができました。それを生かしてHeavenシリーズや当時のフラッグシップイヤホンFI-BA-SSなどBAドライバーを搭載したイヤホンを数多く発売してきました。

2016年以降は、ダイナミック型ドライバーを中心にしたイヤホン・ヘッドホンヘと製品のラインナップが変化してきましたが、BAドライバー搭載製品に関わる研究や製造技術の知見の蓄積は続けてきました。いつかまた、BAドライバーを搭載した製品をお客様の元に届けたいという思いを持っていたからです。

各々の耳の形状が異なるため、同じイヤホンを聴いても鼓膜に伝わる音も人によって異なります。例えば、曲のジャンルに合わせて機種を変えると、それまでは気づかなかったその曲の魅力に気づいたといった経験があるように、聴いた人が「純粋に楽しいな」と思える製品作りも大切だと思っています。

実は、finalの音づくりって少しずつ変わってきているんですよ。昔の製品開発では最初の段階から試聴を何度も何度も繰り返して音づくりを行なってきたんですけれども、現在の製品開発では研究成果を基に製品コンセプトに沿ったベースとなる特性が試聴をせずともできあがっているので、後はその特性から音質特性の細かいところだけを見ればよくなってきたため、試聴の回数自体は減っているんですね。

最近のfinalは、研究成果に基づくいわゆる「正しさ」とか「技術的な裏付け」を求めた製品づくりを多く行なってきています。そんな中で、S seriesはあえて試聴を重ねて聴感を重視した音づくりを行ないました。
音への感情的な高まり、音への楽しさをより感じていただける製品にしたいと思って手がけた製品です。

開発の経緯を振り返る堀内(左)と細尾(右)


Q.BAドライバーを搭載するにあたってのS seriesならではのこだわりを教えてください。

細尾:BAドライバーは固定や配置の方法を変えるだけで音が大きく変わる面白さがあるんです。S seriesは、BAドライバーをフルレンジ*1で2基搭載しています。2基搭載した方が音に力強さが出て、線の細い神経質な感覚が軽減されました。

そして、ドライバー内部の振動を抑えるために「水平対向配置」という方法を取っています。これによって2つのドライバーユニットの振動がキャンセルされ、音質の向上にもつながりました。

S seriesでは、ドライバーを固定する際に接着剤は使っていないんです。その狙いとして、修理しながら使い続けられる製品にしたかったんです。接着剤を極力使用しないようにすることで、メーカーによる修理*2を格段にしやすくしたんですね。

部品があるうちはもちろん元々のS5000とS4000の音を楽しんでもらえますが、例えば、5年、10年と年月を経ても、その時代にある部品を継ぎ足しながら永く楽しんでもらえる、いわゆる「アップサイクル」ができるようにしたいと思っての工夫です。

BAドライバーの水平対向配置

*1…低域から高域までの全帯域を1つのユニットもしくはドライバー1基でカバーできる。

*2…S seriesは、長期間お使いいただくことを考慮して、特殊工具を用いての分解や修理が可能となっておりますが、お客様ご自身での分解・修理は製品保証の対象外となります。修理を希望される際は当社へお問い合わせください。

最適解を探して辿り着いた

Q.堀内さんは入社して2年近くになりますが、今回は独り立ちして初めて設計開発をメインで担当していますね。

堀内:実は、S seriesに関しては設計図を書き直す作業を20回ほどしました。finalでは、製品のプロジェクトが立ち上がると、設計レビュー会というのがあって、担当者が作製した設計図を元にどうしてこの設計にしたの?とか、とにかく質問されるんですね。
自分の中でしっかり考えているつもりでも、全く気づかなかった視点だったり、検証が足りなかった部分を指摘されたり。

プロジェクトに関わっているみんなで、どうしたらいいものを作れるかということを徹底的に話し合って、「最適解」を導き出していって、設計図を書き直して、またレビューして…の作業に徹しました。
設計図を書き直すという作業はもちろん時間がかかるので大変なんですけども、いいものを作るためにはやはり欠かせないプロセスなんですよね。

S seriesは「最適解」を求めた結果だと話す堀内

細尾:堀内さんは変更点があれば、納得するまで考えて設計図をまた0から書き直していたからね。入社2年目にしてプロジェクトを担当する、形に残すことができるという大きな経験を積むことができる一方、自分で考えたアイディアを捨てるというのは辛いし、勇気がいることだったと思います。

S seriesにはデザイナーが存在しないんですよ。機構設計者の堀内さんが最適解を求めていった結果、この姿形になっていったんですね。
私はこのプロジェクトの途中で堀内さんに「デザインはプロのデザイナーに頼むのか、それとも自分でやるのかどうする?」と聞いたことがありました。そしたら、堀内さんは大変だけどやりますって言ってくれた。書き直した設計図や検証量も考えると、本当にいい製品にしてくれたと思っています。

finalでは機構設計者がデザインまでもを突き詰めて形にしていくケースもある


Q.これまでとはかなり変化した設計手法だと思いますが、どのような点がS seriesならではなのでしょうか。

堀内:接着剤レスというのが設計の要件でした。このため、筐体背面をキャップ状の部品にして、特注のネジではめ込んで固定するという方法を取ることにしました。
当初は背面のロゴ部分をネジ式にしようかとも考えたんですが、ずれが発生して正しい向きに必ずしもはまるとは限らないなと思い直したんです。

ネジは一般的なドライバーで外れないような特殊な形の駆動部を採用しています。小さな筐体に、極小のネジがはまるか不安だったのですが、時計を専門に加工する業者へ依頼したところしっかりとはめてもらうことができました。

S5000の解体図

また、ケーブルコネクタ部分の角度にもこだわって設計しました。筐体とケーブルコネクタの接合部の角度はやや内振りで8度にしています。細かい時は0.5度刻みで5度から10度角度にした筐体の試作品を作って、装着評価を繰り返し、一番装着感がよかった角度です。

有線イヤホンを使用すると、服などにケーブルが触れてタッチノイズが発生することがあると思いますが、耳掛けスタイルで使用すると軽減されることがわかっています。
このため、S seriesでも通常の装着スタイルに加えて、耳掛けスタイルでも使用できるように最適な角度である8度を採用しました。タッチノイズが気になるという方はぜひ耳掛けスタイルを試してみてください。

角度を調整して試作を重ねた筐体部分
筐体とケーブルコネクタの接合部は内振りに調整している
装着評価を繰り返して決定したケーブルコネクタ。2通りの装着が可能

細尾:筐体の色と仕上げにも注目していただきたいと思います。S5000ですが、真鍮はそのままだと錆びてしまうので、IP(イオンプレーティング)という方法で、イオン化したチタンを蒸着させて錆びてしまうのを防いでいます。S4000はステンレス切削後、サンドブラストで仕上げています。

S5000、S4000ともに柔らかくきれいな色合いを出すことができています。筐体の色に合わせて、付属のシルバーコートケーブルの2PINコネクタの部品もそれぞれ新しく作っています。

ケーブルのコネクタ部分はS5000/S4000の筐体の色に合わせてそれぞれ新しく作られた

堀内:筐体の断面図を見ていただきたいんですが、BAドライバーを入れるホルダーとハウジング間は「O ring(オーリング)」という部品で、ホルダーとBAドライバー間は形状を新しく作ったパッキンでそれぞれ空気漏れを防ぎ、低音の鳴りも確保しています。

O ringは規格化され信頼性のある部品なので、長期的な使用や修理対応を考えての採用です。外観からは見えない部分ですが、こうした点もS seriesで初めて取り入れた仕組みですね。

低音をしっかり出すため、筐体内部では空気漏れを防ぐ工夫もされている


楽器のような響きを生み出す新設計

Q.これまでのfinalにはなかった「トーンチャンバーシステム」という新しい設計が加わっています。

細尾:これ、とても重要なんですよ。
トーンチャンバーは、ギターやハーモニカなどの楽器の内部に設けられている響きや音色をコントロールするための空間設計のことなんですね。なぜこのトーンチャンバーシステムを搭載することになったかというと、BAドライバーと筐体の響きを調整するために必要だからなんです。

S seriesの開発が進んでいくにあたって、お風呂場にいる時のような「ワーンワーン」とした反響音が気になっていたんです。

過去にBAドライバーを搭載した製品を作ってきたことは先ほどご紹介した通りですが、この経験からトーンチャンバーシステムのような設計し、BAドライバー特有のピーキーさを緩めることができれば、こうした現象が解消されてトータルで目指したい音と響きになります。

「S seriesの完成に絶対にトーンチャンバーシステムは外せない!」と、設計開発側と話し合って組み込むことにしてもらいました。

BAドライバー本来の音響特性を活かしつつ、筐体素材の響きを引き出す
※一部画像を簡略化しています

堀内:設計開発的にはもうほとんど完成に近づいて、部品の発注もどんどん進んでいたので、「ここから変えたくない!」という思いが正直なところでした(笑)

でも、細尾さんからBAドライバーの配置空間を分けたのを試作してほしいと言われて、3Dプリンターで試しに作って聴いてみたら「あ、これは確かにいい音になるな」と思って。部品の発注が進む中でも変更が可能な部分の設計を完成させて、発注期限ギリギリでしたが間に合わせることができました。

トーンチャンバーシステムですが、ドライバーのフロント部に特別な音響空間を設けることで、BAドライバー本来の音響特性を活かしつつ、筐体素材による響きを引き出すことができるんです。また、ドライバー同士の音が途中で混じらず、音質の向上にもつながります。

このシステムを正確に機能させるためには、筐体内の容積を精緻にコントロールすることが必要となるので、内部に使用する接着剤は音質に影響を及ぼさないごくごく一部に限定し、それ以外は接着剤レスで組み立てています。

実際に作ったトーンチャンバー初期の試作品。右上の筐体の内部には2つの空間が見える

Q.確かに、イヤホン自体がまるで本当の楽器になったかのような響きが生み出されています。BAドライバーの可能性を引き出すS seriesについて改めて一言お願いします。

細尾:新設計の「トーンチャンバーシステム」を使いこなせるようになったことで、イヤホンの新しい可能性を広げられたのではないかと考えています。これからどんな挑戦ができるかと今からワクワクしています。

ただ、まずはそのシステムをいち早く搭載できた「S5000」と「S4000」をぜひ聴いていただければと思います。筐体素材によって異なる音の響きを体感していただきたいですね。

また、聴き込んでいくごとに、それぞれの良さを感じていただける製品ですので、ぜひ永い時間を一緒に過ごしていただけたら幸いです。

「永い時間、聴き込んでいただくとさらに良さがわかるのがS series」と話す細尾

次回予告

ここまでご覧いただきありがとうございました。
次回は、A seriesの新モデル「A6000」の開発秘話をお届けします。


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