担当エンジニアが解説! 「ノイズキャンセリング」の実装と今後
キーワード:アクティブノイズキャンセリング、デジタル信号処理、デジタルフィルタ
振り返り
前回の解説記事では、ノイズキャンセリングの原理や特徴をご紹介しました。
今回の記事ではその技術がイヤホンやヘッドホンにどのように実装されているのか、エンジニアが設計を行う上でどのような点を考慮しているのかなどを具体的にご紹介いたします。
実際のANC設計
ワイヤレスイヤホンやワイヤレスヘッドホンでは、マイクロホンで収音し、ANC用デジタルフィルタを通して、ドライバーユニットから信号を出力するのが基本構成です。
マイクロホンの個数や性能、ドライバーユニットと筐体設計、デジタルフィルタ設計、フィルタ設計用の測定治具、ゲインチューニングなどさまざまな要素があり、求める効果や性能に応じて、これらを決めていく必要があります。
もうひとつ、IC構成も重要です。
最終的にドライバーユニットから出力する信号は、
となります。
Bluetooth経由でスマートホンから再生信号を受けるのと同時に、雑音を打ち消す信号を生成できれば、1つのチップで完結させることができます。
これにより、回路面積の縮小が実現でき、小型化が可能となります。
あるいは、別の方法としては、Bluetooth IC*とは別にANC専用ICを追加することも考えられます。回路面積が大きくなり、消費電力も増えますが、性能を高めることが可能となります。
このように、ANCの性能だけを考慮すれば良いわけではなく、商品コンセプトによって回路面積やマイクロホンの設置場所や個数やドライバーユニットを決定し、総合的に構成を決めていく必要があります。
finalの完全ワイヤレスイヤホン「ZE8000」では、
を採用しています。
音楽再生を最優先に考え、音楽信号に影響を及ぼさないフィードフォワード方式を選択しています。
また、回路面積を極力小さくするために、Bluetooth IC内部でANC処理を行っています。
フィルタ設計用の測定治具については自作をし、試行錯誤を重ねて、圧迫感のない自然なANC効果を実現しています。
マーケティングとしての数値性能と測定システム
ANCが搭載されたイヤホンにおいて、ANCの性能として「最大**dB」などと表記されているのを見たことはありませんか?
あるいは、数値性能が良いANCイヤホンを購入して、
と感じたことはありませんか?
「最大**dB」という数値は、マーケティングの一つの要素として使われています。
つまり、商品の価値をわかりやすく伝えるための指標です。
数値が高いほど雑音抑圧性能が高いと謳われているわけですが、この数値の意味について正しく理解する必要があります。
まず、この数値は
をピーク値で示したものです。
言い換えると、特定周波数の純音*を再生した時でのノイズ除去性能の最大値となります。
でも、考えてみてください。そもそも純音の雑音環境は実際にはあまりありません。
つまり、この数値が良いからといって、実際の雑音環境下で聴感上の効果が高いとは必ずしも言えないのです。
ANCの価値を伝えるための指標として、端的でわかりやすいということ、さらに、より大きな値でANCの性能をより大きく示すために、このような表記がされているのが実状です。
それでは、雑音抑圧性能を正しく評価するためにはどんな測定をすべきなのか?
雑音抑圧性能を物理量で測定および評価する方法は、JEITAでRC-8142A [2]として規定されています。
測定環境については、各測定点での音響エネルギーが均一で、かつ音響エネルギーの流れが、すべての点ですべての方向に等確率である拡散音場*が必須となっています。
しかし、こういった特殊な環境下で測定することは容易ではありません。
そして、仮に上記条件で測定できたとしても、その評価指標が人の聴感印象と合致しているかはわかりません。
我々は、
を日夜考えています。
聴感印象に合致した評価指標を用いることで、お客様に正しい理解をしてほしいという想いがあるからです。
そして、この正しい理解が、
だと考えているからです。
今後のANCについて
最近では、周囲の雑音に応じてノイズキャンセルの適用量を変化させるアダプティブANC技術が登場し、環境に最適なノイズキャンセリングが実現可能となりました。
また、シーンに合わせてパラメータの異なるノイズキャンセリングをプリセットから選択できるイヤホンも登場しています。
今後、周囲の環境を解析する技術が発展し、それに合わせてANCを適用することで、どんな環境でも快適に音楽を楽しめるようになると思います。
また、デジタル信号処理やBluetooth IC*の性能向上により、さらにANC精度を高められると思います。
目的意識を持ち、さらなる技術開発を行うことで、ユーザーのオーディオ体験をさらに向上させることができると信じています。
今後も引き続き、技術動向を見ながら製品開発を行っていきますので、ぜひご期待ください。